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東京高等裁判所 昭和35年(う)322号 判決 1960年8月29日

控訴人 被告人 植田博三

弁護人 満園勝美

検察官 子原一夫

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人満園勝美の控訴理由は、末尾添付の同人作成の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対して当裁判所は左のごとく判断する。

被告人は父植田正雄方で清酒三合位及びウイスキー一合位を飲み、自動三輪車を運転して帰路についた際、「酔つていると思つたが二〇分位で帰れるから大したことはない」と思つたというのであるが、この供述を他の証拠と照合して判断すると、酒に酔つていて、正常な運転ができない虞があることを自覚しながらも、わずか二〇分位で帰れるから事故をおこすことはないだろうと軽信したものと見るべきである。道路交通取締法(昭和二二年法律第一三〇号)第七条第二項第三号に規定する参謀操縦行為は、もとより故意犯であるが、その故意の内容は原判決のいうごとく「犯人が正常な運転ができない虞があると判断すると否とにかかわらず、一般に正常な運転ができない虞があると認められる程度に酒に酔つている、その酩酊の度合の認識があることをもつて足る」とすべきではなく、所論のごとく「酒に酔つているために正常な運転ができない虞があることを行為者において認識していなければならない」のであるが、原判決は更に後段において、「被告人は乗車に際し今日は酔つていると思つたが二〇分で帰れるから大したことはないと思つて運転したことは、被告人が当時その酩町の度合を十分に認識していたことを示すのみならず、むしろ、正常な運転ができない虞のあることを意識していたことがうかがわれる」と説示しているのであるから、原判決は判示無謀操縦罪の故意の存在を認定するにつき、何等欠くる所はないというべきである。

ところで、被告人は判示自動三輪車を運転して判示四ツ木橋上を進行中、折柄対向して来た長谷川義夫の運転する普通乗用自動車の右側面に自車の前部を衝突させて、同側面に凹凸、亀裂を与えるなど、甚だしくこれを損壊した(原判示第二の事実)というのであるが、この事実は原判決の挙示する照応証拠によつて優に証明することができ、原判決のこの点に関する事実の認定に誤あるものとするに由ない。そうして、被告人は右事故を起したにかかわらず、そのまま運転を継続してその場を去つたことが明らかであるから、被告人は右事実につき前示道路交通取締法第二八条第一号、第二四条第一項の刑責に服さなければならないことは、いうまでもない。

次に、被告人は右四ツ木橋を経て、約五分後、葛飾区本田二一七番地先にさしかかつた際、その路上右側に設置してあつた街路灯に自車を衝突させ、把手を左方にとられて進行したため、折柄自転車に乗つて対面して来た楠留蔵に自車の前部を衝突させて、同人を路上に転倒させ、因つて同人に対し約一ケ月間の加療を要する傷害を負わせた(原判示第一の事実)というのであるが、この事実は原判決の挙示する照応証拠によつて優に証明することができるし、この事実の認定についても原判決に誤あるものということはできない。しかし、原判決がこの事故の発生した原因が、被告人の前示酩酊運転にあるものと判断し、酩酊運転そのものが自動車運転者として事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務違反による過失の内容となるという見解の下に、被告人の該所為は刑法第二一一条前段と道路交通取締法第二八条第一号、第七条第一項(第二項第三号)とに該当するとし、もつて一個の行為にして二個の罪名に触れる場合として被告人を処断したのは、実は、法律の解釈適用を誤つたものといわなくてはならないのである。

おもうに、前示道路交通取締法第七条第一項(第二項第三号)に違反することによつて成立する罪は、酒に酔つて正常な運転ができない虞があるときは運転をしてはいけないという規範の遵守義務違反たるにすぎないのであつて、この義務違反たるや、自動車運転をする者が、その運転という業務に従事中、事故の発生を未然に防止すべく注意しなければならないとする義務の違反とは異質のものである。従つて、前者の義務違反が同時にまた後者の義務違反でもあるというがごとき理のあるべきいわれはない。原判決は、酔が廻つて正常な運転ができなくなる場合には予め休息して酔の醒めるのを待つて運転すべき義務に違反した旨を説示しているが、これは前者の義務違反を明らかにしただけであつて、これをもつて直ちに、自動車運転者としての、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務違反、すなわち運転者としての過失とするわけにはいかない。然らば、被告人は右楠留蔵に判示のごとき傷害を負わせるにつき、業務上の過失があつたかどうかを原判決の挙示する照合証拠の外、当裁判所が検証した結果を検討して考量するに、判示場所(葛飾区本田二一七番地先路上)は四ツ木橋の方から行くと、目測ではあるが直角とまではいかなくとも、ほぼそれに近い程度の角度で左曲している(当裁判所の検証調書添付写真2及び3参照)のであるから、被告人としては当然左折して進行するの措置に出ずべきであつたのに、前方注視の義務を怠つたため、該道路が右のごとく左曲していることに気付かず、漫然直進したため、前方右側道路上に設置してあつた街路灯に自車を衝突させてしまい、あわてて把手を左方に切つたため、折柄自転車に乗つて対向して来た楠留蔵に自車の前部を衝突するに至らしめ、因つて、もつて同人を路上に転倒させた上、判示傷害を負わしめたことを認めることができるのである。してみれば、被告人は自動車運転者として事故の発生を未然に防止すべく、常に前方を注視して道路の状況に応じ適当な措置を採るべき業務上の注意義務があつたにかかわらず、この義務を懈怠した結果、原判示第一の事故をおこしたものというべきであるから、被告人はこの点につき、無謀操縦の罪とは別に、刑法上業務上過失致傷罪の責任に服さなければならないのである。そこで、原判決がこの二つの罪をもつて刑法第五四条第一項前段の想像上数罪として処理し、重い後者の罪の刑によつて被告人を処断したのは、前段説示のとおり、法律の解釈適用を誤つたものであり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。なお、記録にあらわれたすべての証拠によるも、被告人が原判示第一及び第二の各犯行当時心神耗弱者であつたとする跡の見るべきものはない。

右にいうごとく、原判決には刑訴法第三八〇条に規定する事由があるので、以上に判断した以外の控訴理由についての判断を須いず、刑訴法第三九七条第一項に則つて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従つて、更に判決する。

すなわち、原判示事実の中、無謀操縦の点は道路交通取締法第二八条第一号、第七条第一項(第二項雄三号)、業務上過失傷害の点は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条第三条、事故発生の場合に所定の措置を採らなかつた点は道路交通取締法第二八条第一号、第二四条第一項に夫々該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、その各所定刑中自由刑を選択して同法第四七条第一〇条により、最も重い業務上過失傷害罪の刑に法定の加重をし、同法第四七条但書の制限刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処すべく、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法第一八一条第一項に則つて、全部被告人をして負担させることとする。

よつて、主文のごとく判決する。

(裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道 判事 堀義次)

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